3 : 25 鳩の歌

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アニマ妖精電波

2001年10月23日
記事ID d11023

前回までのあらすじ: ハノイ新聞社に配達された不審な封筒。中味を分析すると劇毒エイジェントオレンジが1.33ミリグラム検出された。ゴキブリの尻に蛍光塗料を塗ってホタルだと言い張るリョーツ。「光を楽しむのだからむしろ機械仕掛けで良いのだ」と反論するイナガキ。死も暴力も愛もすべて等価で透明な<無>のなかで再生される。平坦な戦場で僕らが生き延びること。

"If creativity is a field, copyright is the fence."

"... And 1ch.tv is a jail." - 「保釈金」を払わないと情報は外に出られない。入るのは無料なのに。

*

情報に対する好ましくない「寄生生物」にどう対処すべきかは、やはり順に経験値を重ねるしかないだろう。その意味で「1ch」の絵に描いたような寄生は、反面教師として使える。「分かりやすい愚かしさ」。同じ機能のもの、もっと良い機能のものが無料で無数にあるのに(大手だけでもヤフー板とか)、検索エンジンを使えばウェブ自体が巨大な板のようなものなのに、わざわざ囲って有料化してやっていくための差別化をどこに見いだすのか。専任の素晴らしいライターが初心者にも分かりやすい良い記事を書く? すでに無料で手に入るのに? ましてや「素人」の投稿を有料にするなんて、情報の経済を無視しているばかりか、現実の経済に照らしても採算は疑問だ。

最高水準の業界レポートなら有料で購読する法人も多い。そのレベルのものは、コピペ可能なパブリックドメインに(少なくとも公然とは)アップされない。数十円でコピペ可能になる情報は――もし数十円の価値があるなら「内容が」コピペされてしまうので商品価値を保てないし、数十円の価値がない(探せば無料でゲットできる)なら探し方を知らない者から詐欺るにすぎない。消費者がかしこくなれば成り立たない。

「迫力ある」センセーショナルな映像などで感覚を楽しませるには衛星放送と契約したりもするだろう。ニュース映像にしても。けれども、核心をつく「深い」「分析的な」「つまらない」記事というのは商業ベースでは成り立たないから、必然的に無料だ――そのような「売り物にならないという意味での」フリーな情報へのアクセスが可能になったことが、情報の世界を激変させてしまった。

それは、経済からの、情報の自立だ。経済的に成り立たない情報が、情報として自在に生息できるようになった。情報を運ぶためのメディア代(物質の代金)が急激にゼロに近づいたからだ。ほとんど質量ゼロのところに大量の情報をつめこめて、瞬時にテレポートさせられる。「情報伝達:コスト比」が劇的に変化している。――この時代にあって、物理書籍や音楽CDが以前と同じ経済価値を保っているのは不自然であり、実際、不自然なことを押し通すための不自然の上塗りは至るところで観察される。――

偽春菜にせはるなの問題も、ある意味、つまらないことだった。「つぶされるのは正しくないけれど、つぶされるかもしれない」という点が核心で、プラエセンスが「正しい」かは、ほとんど議論にもならなかった。でも、いろんなことを考える良い機会だったと思う。

スポンサー、視聴率、監督官庁のことを気にせず、「受け手の気持ち」などより情報そのものを優先する世界は、まだ新しい。そこで「このような映像は悲惨すぎるので放送を自粛する」といった在来の意味での「視聴者への優しさ」と、その映像そのものが訴えたがっている力動のどちらにくみするか?という問題が発生する。

ある人々は洗練された上品な言葉遣いや、人間関係、つまり社交に価値を見いだす。社交の場、人間関係の道具としてウェブを見る。そのようなレイヤも確かにある。と同時に、時候のあいさつなどムダだということも分かっている。「あなたの意見に賛成です、反対です」「わたしの職業は何とかで所属はかんとかです」といった言葉は真実であるとしても情報価値がないし、そもそも真偽が分からないから。

現実の社会は少なくとも数千年、たぶん数万年以上かけてシステムが洗練されてきているので、ふつうに生活しているぶんには、通例「何もしなければ、そうそうまずいことは起きない」。言い換えれば相手を信頼してもたぶん問題は起きにくい。けれど、ネットは未開の荒野なのだ。ここでは「人を信じる」ことより、まず「疑うこと」を学ばなければならない。だいいち、あなたが話している相手、あなたが読んでいるストリームを生成している相手が「わたしたちと同じ妖精」であるかどうかすら分からないし、今後ますます分からないのだ。――相手がチャットボットなら安全かもしれないが、相手は天然の人間さんの生き残りかもしれない。無肉げな言動を真似ている人間かもしれない。

例えば「妖精さんだい好き」と思っているとして、それが何の意味があるだろう? だれかが「自分も妖精が好きです」と話しかけてくるとして、それに何の意味があるだろう。本当に明らかなことなどない。昼の光などない。冬の極北のポーラーナイトのように、星だけがちらちらしている。たくさん星は見えるが、共通の光、共通の地平などない。だから――ネットは「砂漠のように清潔」なのだ。

*

あなたは知っている。みんながおもしろいというところに行ってみても、たいていつまらない。あなたがとてもおもしろいと思ったところを人にすすめても、相手は首をふる。――だから「砂漠のように清潔」なのだ。

自分で自分の水を運ぶしかない、ということだ。陸にあがったさかなが、各自、海を体内に内在させたように、物理世界を基盤とする新しい世界では、各自が自分で自分を持ち上げてやるしかない。さかなの言葉では海が切り離されて寂しいが、あたらしい言葉があるだろう。きっと。

フリーの世界においては、誰かにお金を払って「あなたに優しい環境」を整えてもらうことなど不可能だ。道は分かれるから道なのだ。

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鳩の歌

2001年10月17日
記事ID d11017

Hadeel’s Song By Hanan Ashrawi

発音が難しい言葉
ヘ・リ・コプ・タ‥‥
ア・パッ・チ‥‥コ・ブラ‥‥

なぜ空にいるのだろう
あんな重そうなものが
なぜ空に――
雲は支えていないのに。

目のくらむライト、
耳が痛くなる大きな音、
家がぐらぐらゆれる
(ベッドの壁は穴だらけ)
光、音、光、音、
眠れない、
ベッドをぬらすのは恥ずかしい、
でも、だれにもしかられない。
ヒコーキ?これは発音しやすい?
ヒコーキは飛ぶ。「タイヤラ」

「名まえには意味があるのよ。響きには意味が」
ママが教えてくれた。
わたしの名まえ「ハディール」は、
ハトがくるるるぽっぽと喉をならす音。
センシャは別の響き、
弾を撃つとぶるぶるふるえる鉄
「ダッバビ」重い音、
意味も重い。

ハディール、鳩ぽっぽ、
タイヤラ、それは飛ぶ、
ダッバビ、それは撃つ、
ママ、すすり泣く、
朝に泣くママ、夜に泣くママ。
弟、ラミ、横になっている、
息をしないで。
朝に横たわり、夜に横たわる、
ひらかない目。
弾が頭に当たったから、
「弾」は女性名詞、「彼女」は殺す鉛のかたまり、
「鉛筆」は男性名詞、「かれ」はノートを埋める鉛のこな、
鉛の悲しみでページはいっぱい
(「500ミリ弾」「800ミリ弾」――ふしぎな単語)
数字は難しい
わたしは10まで数えられる、そして11、そして12‥‥
19の次は‥‥なんだったかしら?
弟、ラミは、「数百人」の死者のひとり、
そして「数千人」がけがをした、
数百と数千はどっちが多いかというと‥‥
大きすぎて思い浮かべられない‥‥
頭のなかで、小石やりんごを思い浮かべるようには。

パレスティナ人「パラスティーン」
発音は難しくない、
意味も簡単だ――ここパレスティナに住んでいる――
とても簡単な意味、でもとても難しい――
兵隊が撃つから。
飛行機が爆弾を降らせるから。
戦車がごうごう来るから。
さいるい弾が目にしみるから。
(ママが泣いているのは、さいるい弾じゃないけれど)
行ってママを抱きしめてあげたほうがいいのかしら――
ひざにのって、ほほをさすってあげようか――
そしたらわたしの指はぬれる――ママの目を見つめる、
ママが霧のむこうから、またわたしを見えるようになるまで。

名まえには意味があるのなら、ママ、
イス・ラ・エルってどんな意味?
いろんなものがつまった意味?
兵隊と戦車と飛行機と銃――
かれらは、何をしているのですか。
わたしが知ってる名まえの土地で。
わたしがもう知らない命のうえで。

注意

ここで歌われているのはパレスティナからみた場合の視点であって、パレスティナ圏の外にいる者の立場からは、「イスラエル人は悪い」などと「人」レベルで解釈してはいけない。

Hadeel’s Song, by Hanan Ashrawi, Jerusalem November 11, 2000. Quoted from Intifada Poems. Images quoted from Murdering Childhood, Damascus Online Special file on the Palestinian Intifada.

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